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中学一年生のあなたには、もしかしたら出てくる漢字が難しいかもしれません。中学三年生の君には、数学の言葉が難しいかもしれません。でも、難しいと思ったところは適当に飛ばしながら読んでみてください。なぜなら、この本で扱っている数学は高校生はおろか、大学生でも理解できる人が少ないくらい……いや、全世界の数学者がよってたかっても、百年もの間解くことのできなかった数学の難問を扱っているからです。
もしこの本を読んで「すぐに答えがわかっちゃった」なんて言う人がいたら、その人は百年にひとり生まれるかどうかの天才、ということなんです。
ポアンカレ予想という数学の問題は、およそ百年ほど前のフランスの数学者ポアンカレが考え出しました。だからポアンカレ予想という名前がついているのですが、とてもとても簡単にいうと『穴もねじれもない任意の物体は球面に変形できる』かどうか、というもの。トポロジーという、比較的最近になって発展した数学の分野でのお話です。
たとえば、取っ手がひとつのマグカップと、粘土で作った円形のドーナツは、トポロジーでは「同じ仲間」になります。もしもマグカップが柔らかい粘土でできていたら、上手くすればドーナツ型に変形できますよね? 両方とも、穴が真ん中にひとつ開いているからです。同様に、どこにもひびが入っていないお茶わんと粘土で作ったボールは、同じ仲間になる、というわけです。お茶わんの形を丸めていけば、球になります。両方とも穴がありません。
じゃあ、穴がなくて、どこにもねじれがない物体はすべて「球」になるのか?
これが、ポアンカレが考え出して百年間誰も答えることのできなかった問題(本人も答えを出していないので「予想」)なのですが……ちょっと聞いただけだと、簡単そうでしょう? でも、この世のありとあらゆる「穴とねじれのない物体」を片っ端から調べることはできません。全部調べつくしたと思っても、本当にすべて調べたのか、どうやって確認すればいいのでしょう?
そんな難問に取り組んだ数多くの数学者たちの涙ぐましい努力と失敗、そしてとうとう謎を解き明かしたひとりの数学者のドラマが、この本には詰まっています。すごくエライと言われていた数学者が失敗して大恥をかいたり、天才と言われた数学者が(何人も!)この問題にとりつかれてしまい、人生の大半をこの問題の研究に費やしてしまったり。
実はこの問題、解いた人には100万ドル(日本円でおよそ一億円!)の賞金が出ることになっていたのですね。だからもし、この問題に答えを出すことができれば、知的満足と世界で一番という栄誉、そしてばく大なお金が手に入ることになるのです(ちなみに、この難問を考えた張本人のポアンカレは、その答えを「全部は球にならないんじゃない?」と考えていたようです)。
数学が好きなあなたも嫌いな君も、ほんのちょっと授業の数学を忘れて、百年の謎ときの旅に出てみませんか?
文 竹内 薫
科学評論、エッセイ、書評、講演などを精力的にこなす「猫好き科学作家」(サイエンスライター)。テレビ、ラジオでキャスター、ナビゲーターなども務める。科学の真面目な解説書から、それを小説風に料理したSFタッチのショートショート、SFか現実かわからない不可思議なミステリーなど、その著書は多岐にわたる。