

折り紙ヒコーキの滞空(たいくう)時間競技がある。体育館のような室内で紙ヒコーキを投げ出してから着地までの飛行時間を競うのだ。普通(ふつう)に飛ばすと2,3秒なのだが、特殊(とくしゅ)な飛ばし方をすると10秒以上飛行させることができる。10秒というとわずかのようだが、実に優雅(ゆうが)に飛んでくれて気持ちが良い。その方法は、まっすぐに高く投げあげて、そのあとゆっくり旋回(せんかい)飛行させるものである。こんな飛び方は、本当の飛行機の理論ではありえない。そんな疑問(ぎもん)に答えてくれるのがこの本である。
紙ヒコーキにはパイロットが乗っていないので、「高速でまっすぐに飛ぶ」ことと、「ゆっくり旋回飛行する」ことを同じ紙ヒコーキで実現することは飛行機の理論ではありえない。機体が紙でできているので、高速で飛ぶと変形するのではないかと思うが、どの程度変形するかは、飛行速度はもとより、紙の材質や、折り方、その時の温度や湿度(しつど)によっても違(ちが)ってくるので、コンピュータでシミュレーション出来ない。大きな旅客機が飛び、スペースシャトルが宇宙から帰還(きかん)するのに、紙ヒコーキのことが分からないなんて、皆(みな)さんは不思議に思うに違いない。科学がこんなに発達しているのに、どうして紙ヒコーキの飛び方が分からないのかという疑問である。
この本の著者の中谷宇吉郎(なかやうきちろう)先生は、雪の結晶(けっしょう)のできる様子を解明した物理学者だが、この本の最初で「必ずしもすべての問題が、科学で解決できるとは限らないのである。今日の科学の進歩は、いろいろな自然現象の中から、今日の科学に適した問題を抜(ぬ)き出して、それを解決していると見た方が妥当(だとう)である。」と説明している。ジェット旅客機は、今日の科学で解くことが出来る範囲(はんい)で都合よく設計され、飛ぶことができるに過ぎない。紙ヒコーキの飛び方は、もっといえば、一枚の紙切れが、高いビルの屋上からどのように舞(ま)い降(お)りるかは、今日の科学では分からないのはそのためだ。
もちろん科学は発達する。不思議な現象を解明したいとする科学者の気持ち、きちんとした実験による測定、数学を用いた現象の理解など、さまざまな要素が科学の発展(はってん)に関わっている。その根底には、科学的に未知の分野が存在(そんざい)するということを認識(にんしき)することが必要であると説いている。「新しい発見は、いわば偶然(ぐうぜん)になされることが多いので、実験をする場合には、常に眼をあけていることが大切である。そして目的とすること以外にも、何かの手がかりが得られた場合には、その意味を的確に判断して、場合によってはその方向に突入(とつにゅう)することも必要である。」と指摘(してき)している。
科学技術が発達した今日、科学は頂点に達したように思われがちだが、科学は人間と自然の共同作品というべきものだ。自然の深さを認識し、科学の限界を知り、科学の新分野を築くことが科学者の使命なのだということをこの本は教えてくれる。内容は少し難(むずか)しくて大学生向けだが、科学者を志す皆さんには素晴らしい宝物となるに違いない。
自然の深さを知り、科学の限界を知ってこそ新しい分野の開拓(かいたく)がある。
文 鈴木真二
東京大学大学院教授、専門は航空宇宙工学。飛行ロボットから、落ちない飛行機の操縦・制御技術など、幅広い研究に取り組む。日本航空宇宙学会監事、「紙ヒコーキ博物館」(広島県福山市)の名誉館長も務める。NHK教育『サイエンスZERO』のコメンテーターとしてもおなじみ。
*かがくナビから
中谷宇吉郎先生の研究室は、北海道大学理学部にある総合博物館に復元されています。
ナビコラム12月12日の記事『北海道大学総合博物館』で写真入りで紹介しています。
こちらからご覧いただけます。
ナビコラム『北海道大学総合博物館』
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