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コラム

中学生の学びを織り出す繊維工場

2008年12月17日    土佐幸子(ボストン科学博物館講師)


写真1:ソンガス産業歴史センター内の、工場の生産ラインに見立てた作業台。後方は、1880年代にオープンしたローエルの「ボン・マルケ」百貨店の写真とそれを模(も)したコーナー

米国ボストン近郊(きんこう)に暮(く)らし、ボストン科学博物館で子どものための科学教室講師を務める土佐幸子さんに、米国の科学事情や、子どもたちと科学教育をめぐる楽しいお話をつづっていただきます。


写真2:ソンガス産業歴史センターの入り口 *クリックすると大きくなります。

リリリリリーン!けたたましく鐘(かね)が鳴って、作業終了です。工場労働者になって、「早く、早く」とせかされていた子どもたちの顔に、ほっとした様子が見えました。ここはマサチューセッツ州ローエル市にあるソンガス産業歴史センターです(写真1、2)。ローエルは1800年代後半に、アメリカの産業革命の舞台(ぶたい)となって活躍(かつやく )した町です。センターは当時の繊維(せんい)工場を保存し、子どもや先生のために様々な学習プログラムを提供しています。この日、センターを訪(おとず)れたのは、ニューハンプシャー州のキーンという小さな町からやってきた8年生(日本の中学2年生にあたる)の生徒たちです。


写真3:中学生が「工場生産」したプリント地 *クリックすると大きくなります。

作業エプロンをつけた生徒たちが取り組んでいたのは、模造紙(もぞうし)に花や のスタンプを押して、プリン ト地を作ることでした(写真3)。それぞれに役割を与えられての流れ作業。きちんとできていない製品は、承認の判を押してもらえずゴミ箱行き、労働者はクビですから、みんな必死だったのです。


写真4:南部から運ばれる綿花は、こんな形で船に積まれる *クリックすると大きくなります。

綿花(めんか)の大きな船荷(ふなに)(写真4)の前では、他のグループの生徒たちが指導員の先生から説明を聞いています。アメリカ南部で収穫(しゅうかく)された綿花は、こんな形に荷造(にづく)りされて運ばれて来たのです。「綿花を摘(つ)んだのはだれ?」「奴隷(どれい)!」生徒たちが即座(そくざ)に反応 します。綿花の荷物を何千個もうず高く積んだ船の写真を、先生が見せてくれました。蒸気船(じょうきせん)の白黒写真です。「この船はどこへ行くの?」「北部!」歴史と地理と人種問題が一緒(いっしょ)になって、話が展開(てんかい)します。


写真5:大型の手動織機。上にぶら下がっている取っ手を引くと、飛び杼(とびひ)が左右に動き、横糸を通す。 *クリックすると大きくなります。

次に、指導員の先生は大きな織機(しょっき、おりき)(写真5)の織り手の位置にすわり、まわりに生徒たちを集めました。2人の生徒が、織機の両脇に立つように指示を受けます。布を織るには、ピンと張られた縦糸(たていと)に横糸を上下交互(こうご)に通し、それを手前に寄せて目 を詰(つ)めながら、通しては寄せて、寄せては通してという作業を繰(く)り返します。大きな織機では、杼(ひ)(横糸を通すための用具)を左右から投げ入れる助手が必要でした。2人の生徒はその助手に見立てられたのです。ところが、飛び杼(とびひ)という装置(そうち)が発明され、織り手が取っ手を引くと、杼が左右のハンマーで打ち出されて、一人で幅の広い布が織れるようになりました。「この変化をどう思う?」と先生が2人の助手に尋(たず)ねます。生徒「いや!」、先生「どうして?」、生徒「仕事 がなくなるから」、先生「そうだね、機械の多くは誰(だれ)の仕事 に取って代わるために発明された?」、生徒「人!」、先生「でも、織り手にとっては、助手に賃金 (ちんぎん)を払わなくてよいから好都合だよね」。技術の発達が社会を変えていったこと、そして、そこには金 銭関係という現実の厳(きび)しさが、背中合わせになっていたことが明らかになっていきます。おしゃべりしていた生徒たちが、いつの間にか先生の話に耳 を傾(かたむ)け、積極的に発言していました。飛び杼や力 織機(りきしょっき)(蒸気や で動かす織機)の発明が、自分の仕事 がなくなるという切実(せつじつ)な問題と結びついて、生徒たちの心を捉(とら)えたようです。


写真6:水力の実験 *クリックすると大きくなります。

「なんてすばらしいプログラムだろう」私はすっかり感心してしまいました。先ほど生産ラインで働かされていた生徒たちは、集会を開いて、経営者に要求する賃金 や労働条件を話し合っています。「今の時給2ドルは低すぎるから、5ドルにしてもらおう!」「土曜日は休みにするべきよ!」どの生徒も、いきいきと参加しています。彼ら、彼女らのたくましさは、こういうところから育っていくのでしょうか。いや、子どもたちのたくましさがあるから、こういうプログラムが成り立つのかもしれません。かつての赤レンガの工場の中で、ハイテク時代の子どもたちが、歴史の縦糸に自分たちの横糸を絡み合わせて、確かな学びの時間を織り出していることを、私は実感しました。

ソンガス産業歴史センターは、マサチューセッツ州立大学ローエル校と、国立公園管理サービスが共同運営する施設です。織機を動かす動力 源の水 力 について実験するプログラムもあります(写真6)。 http://www.uml.edu/tsongas/index2.htm

土佐 幸子(とさ・さちこ)
米国ロチェスター大学大学院修了。物理学博士。科学を通して「考える喜び」を伝えようと、1995年より米国ボストン科学博物館で子どものための科学教室講師を務める。日本の科学館、教育機関が実施するワークショップでも講師として活躍。ボストン在住。現在、マサチューセッツ州立大学ローエル校教育学大学院博士課程にも在籍し、理科の探究的な指導について研究を進めている。著書に『ライト兄弟はなぜ飛べたのか』(さ・え・ら書房)、訳書に『クォーク の魔法使い』(ロバート・ギルモア著、培風館)などがある。