HOME > ナビコラム
障害のある学生が行き交うキャンパスで
2009年10月21日 土佐幸子(ライト州立大学助教授)
![]() 通訳と会話するジェフ |
米国オハイオ州で物理教育の仕事
に携わる土佐幸子さんに、米国の科学事情や、子どもたちと科学教育をめぐる楽しいお話をつづっていただきます。
赤や黄に色づいた葉
が、舗道をにぎわす季節となりました。4期制を採用するライト州立大学では、早くも秋学期が折り返し地点を過ぎ、学生も教員も忙しくキャンパスを行き交っています。
私が教える天文学を受講している学生の一人に、重度の障害のあるジェフ(仮名)がいます。ジェフは3歳のときから末端神経の働きを失う病気にかかり、見る、聞く、話す、および手足の機能を著しく制限される状態になりました。しかし今、彼は、教育学部の学生として3年目
を迎え、通訳者やアシスタントの助けを借りて、一般の学生と同じように天文学の講義に参加しています。通訳は単なる手話の通訳ではありません。ほとんど聞くことができず、しかも非常に限られた領域しか見ることができないジェフのために、通訳者は両手を握って手話を行い、口の動きも加えて、ジェフに内容を伝えます。1時間15分の講義時間に、2人の通訳者が交代で、ジェフに私の話すこととスクリーンに映し出された内容を伝えます。そんな大変な通訳も、言葉
だけならさして問題ありませんが、図や写真となると難しくなります。実物を見せるわけにはいかない天文学の講義では、図や写真を使うことが多いのですが、学期の始めには、どういうところが訳しづらいのかが明らかでなく、ギクシャクした部分もありました。なるべく教科書にある図や写真を使うこと、通訳者にも教科書を持ってもらうこと、そして図や写真を使って問題を出すときは、通訳が済むまで待つことなどを、ジェフと私と通訳者の3者で話し合って取り入れた結果、問題を解決することができました。
通訳にかかる費用は、誰が負担するのでしょう?実は、ライト州立大学は、障害のある学生に行き届いた支援を提供する大学として全米でも屈指の存在で、その支援を求めて、他州からやってくる学生もたくさんいます。年間約550名の学生に、「障害学生支援室」が大学の費用で援助の手を差し伸べています。副室長のメイヤーさんは、支援の目 的として3つのことを挙げました。一つは障害のある学生が、他の学生と同じように講義を受けられるように支援すること。二つ目 は障害のある学生に、自ら障害を明らかにし、必要な助けを求めて自分から伝えていくことの大切さを指導すること。そして三つ目 は、大学卒業後、職を得られるように、障害のある学生に面接などの技術を指導することだと言います。特に、障害のある学生が就職先を見つけるのは、彼ら・彼女らが学業優秀であっても難しいことで、「障害があるから雇うのではなく、雇ったのがたまたま障害のある人だったという社会にならなければいけない」という講演会があったばかりでした(http://www.wright.edu/lecture/)。
確かに、障害のある学生にとって、現実社会の厳しさこそが本当に立ち向かう壁なのでしょう。しかし、その前の大学までの教育でさえ、一般の学生と区別されている場合が多いのではないでしょうか。この大学で、ジェフが普通の学生と同じように講義に参加しているのを見、また、車いすの学生が自立して行動しているのを見て、障害のある人たちが同じ敷地内にいるっていいことだなあと思います。それは、自分と外見が異なる人を認める気持ちが自然にわいてくることです。メイヤーさんも、障害学生のいるキャンパスでは、「人はみな多様だけれど、違わないとわかると学生たちが言います」と話してくれました。
ジェフは障害があるというのは、自分の能力
を普通の人が考えないような方向に活かせるから、かえって有利なのではないかと言います。「身体の障害を乗り越えるのは、忍耐と決意と主張する力
ですよ。」とさりげなく話すジェフに、私は深く感銘を受けました。身体の障害のあるなしにかかわらず、誰でも乗り越えなければならないものは、人生のうちにいくつもあるでしょう。困難を乗り越えていくためには、自分の主張を伝え、忍耐と決意を持って事を進めていくしかないのです。3歳から困難を乗り越えてきたジェフは、周りから支援を受けるお返しに、生きることへのメッセージを私たちに力
強く伝えてくれているようです。
ライト州立大学の障害学生支援室ホームページ:http://www.wright.edu/students/dis_services/
土佐 幸子(とさ・さちこ)
米国ロチェスター大学大学院修了、物理学博士。マサチューセッツ州立大学ローエル校教育学大学院修了、教育学博士。科学を通して「考える喜び」を伝えようと、1995年より米国ボストン科学博物館で子どものための科学教室を教える。日本の科学館、教育機関が実施するワークショップでも講師として活躍。現在、ライト州立大学助教授。理学部物理学科と教育学部教員養成科のジョイントアポイントメント。著書に『ライト兄弟はなぜ飛べたのか』(さ・え・ら書房)、訳書に『クォーク
の魔法使い』(ロバート・ギルモア著、培風館)などがある。


