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ナビコラム

先生の卵たちと過ごす春

2010年04月21日    土佐幸子(ライト州立大学助教授)


教員志望の学生のための理科入門クラスで

米国オハイオ州で物理教育の仕事 に携わる土佐幸子さんに、米国の科学事情や、子どもたちと科学教育をめぐる楽しいお話をつづっていただきます。


写真2:桜の仲間の木が可憐な花を咲かせる *クリックすると大きくなります。さらにマウスをおしながら自由に動かせます。

アメリカ東部にも春が訪れています。日本のソメイヨシノのような桜は見かけませんが、サクランボウのなる木の類はたくさんあり、可憐な花を咲かせています(写真2)。

私がこの春教えているのは、小学校・中学校の教員を志望する学生のための理科入門クラスです(写真トップ)。週2回、2時間半の講義兼実験のクラスがあり、24人の学生とやり取りする時間を過ごしています。写真の中で、立って学生たちと話しているのはTA(Teaching Assistant, 補助スタッフ)を勤めるジェーン(仮名)です。彼女は前の学期にこのクラスを受講し、そのときの担当講師から推薦されて、この学期はTAとして働いています。グループごとの作業を通して、話し合いながら理解を進めていく形態をとるこのクラスで、ジェーンは私と一緒にグループを回りながら学生を助ける大切な役を果たしています。

このクラスの教科内容の中で、科学の本質に関する議論が大事な位置を占めています。それはとりもなおさず、アメリカの理科教育の中で、科学の本質を子どもたちに理解させることが重要とされているからです。科学とは何なのか、科学の方法はどのような特徴を持つのか、といったことを理解することによって、科学的かそうでないかを判断し、世の中のさまざまな事柄を十分な 拠を持って見分ける能力 を持った子どもたちを育てていこうという考えが背後にあります。つまり、科学的なリテラシーの育成です。

たとえば、先日は「地球は平らである」という記述は科学的か否か、という議論が交わされました。もちろん、地球の外から丸い地球を眺めることができる現代の私たちは、この記述が正しくないことを知っています。しかし、そうやって正しさを確かめることができるのは、この記述が科学的だからです。「鏡を割ると7年間不幸に見舞われる」という記述は、その正しさを確かめることができるでしょうか。7年の間に不幸な出来事があったとしても、その原因が鏡を割ったことにあるとすることは難しそうです。


写真3:テーブルの横幅を測る学生 *クリックすると大きくなります。さらにマウスをおしながら自由に動かせます。

今日のクラスでは「測定」を話題に取り上げ、自分の指先から手首までの長さを単位としてテーブルの横幅を測り、物差しの目 盛りを使って測った場合と比べて、どんな不都合が生じるかを話し合いました(写真3)。学生はとてもまじめに、一つ一つの課題をこなしていきます。こちらもそれに応えて、意識を深めてもらおうと、なぜ量を「数値化」する必要があるのか、物理の法則が数学の言葉 で書かれていることにも触れました。

「地球の温暖化は人間の活動が原因か」という記事を読んで議論したときは、「科学って、問題が正しいか間違っているかを決めることはできないのでしょう?」という疑問があがりました。科学者がさまざまな方向から確かにいえることは何かを解明しようとしていること、「人間の活動が原因である」というのは肯定も否定もされていないけれども、一つの有効なシナリオであり、人間が自然界になかったものを生み出しているのは確かであることなどを話し合いました。学生たちは近い将来、実際に子どもを相手にこういう話もしていかなければならないだけに、はじめは「わからな~い」と言っていた学生も、「みなさんが子どもたちから地球温暖化 について質問されたら、何と答えますか?」との問いに一瞬、背筋がピンとなった感じがありました。


写真4:春景色となったライト州立大学キャンパス *クリックすると大きくなります。さらにマウスをおしながら自由に動かせます。

日本の理科の授業で、科学の本質に関する話題はどれだけ取り上げられているでしょうか。子どもたちの科学リテラシーを高めるには、普段の理科の授業の中で、先生が意識的に社会と関連づけて理科の問題を話していく必要を感じます。アメリカの先生にしても、「科学の本質」という教科内容のさらに奥のことを議論していくには、教科内容の確かな理解と同時に、多面的な教育観を必要とします。私は、学生たちの前に広がる可能性を見ると同時に、彼女ら・彼らに期待されているものの重さ を感じます、学生一人ひとりが問題に切り込んでいかなくては、表面的な言葉 で終わってしまうのです。地球温暖化 についての疑問を出した学生は、その日の感想に「今日のクラスはよくわかって楽しかった」と書いていました。そういう機会をなるべくたくさんの学生に持ってもらうように、6月 まで奮戦が続きます。

(プロフィール)
土佐 幸子(とさ・さちこ)
米国ロチェスター大学大学院修了、物理学博士。マサチューセッツ州立大学ローエル校教育学大学院修了、教育学博士。科学を通して「考える喜び」を伝えようと、1995年より米国ボストン科学博物館で子どものための科学教室を教える。日本の科学館、教育機関が実施するワークショップでも講師として活躍。現在、ライト州立大学助教授。理学部物理学科と教育学部教員養成科の兼任で、理科教育の日米比較研究に取り組んでいる。著書に『ライト兄弟はなぜ飛べたのか』(さ・え・ら書房)、訳書に『クォーク の魔法使い』(ロバート・ギルモア著、培風館)などがある。