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自分の言葉で理解する科学
2011年07月20日 土佐幸子(ライト州立大学助教授)
![]() 大学新教員向けワークショップに参加した人たち(写真提供:アメリカ物理教師学会) |
米国オハイオ州で物理教育の仕事 に携わる土佐幸子さんに、米国の科学事情や、子どもたちと科学教育をめぐる楽しいお話をつづっていただきます。
1年ぶりの日本です。東日本大震災の後、日本は今まで知っていたところとは大きく異なるのではないかという不安を抱いてやってきました。飛行機の中で手にした新聞は、日本の置かれている状況の深刻さが、並大抵のものではないことを、紙面のあらゆる場所から訴えていました。この4ヶ月
間、インターネット
で情報をこまめに仕入れるようにしてはいたものの、所詮、現場にいなければ浦島太郎なのかもしれません。しかし、深刻な状況を日常化していない者だからこそ、見えるものがあるのではないかと期待します。特に話題にあがっている「科学に対する不信感」というようなものに関して、表面的な議論ではなく、理科教育の原点に立ち戻る必要を感じています。
6月
の終わりに、ワシントンDCで開かれた大学新教員向けワークショップに参加しました。このワークショップは、全米科学財団から補助を得てアメリカ物理教師学会が主催(アメリカ天文学会、アメリカ物理学会共催)するもので、3日半の参加費用は旅費以外、ホテル代や食事代も含めて主催者側の負担です。ワークショップが最初に行われたのは15年前だといいます。若手の物理研究者が業績を積み、大学の教員になったはいいものの、教育的な訓練はほとんど受けていません。大教室で物理学入門クラスなどを教えるにあたって、知識の押し売りになりがちです。これでは物理嫌い、物理がわからない学生を増やすばかりなので、新規採用の大学教員を集めて、物理教育の研究で有効と裏付けられた教授法を体験してもらいましょう、というわけでアメリカ物理教師学会が行動を起こしたのです。今回のワークショップには、70人あまりの教員がアメリカ各地から集まりました。
ワークショップはたくさんの講義や分科会が朝から晩まで詰まった密度
の濃いものでした。いろいろな教授法が紹介されましたが、中でも重要な位置を占めたのは、ハーバード大学のエリック・マズール教授が開発した「ピア・インストラクション」という手法です。まず、学生にとって新しい内容の講義があった後、多岐選択式で答えられる問題が出ます。個人で答えを選び、クリッカーという端末を使って答えます。次に、パートナーと問題の答えについて何分間か話し合います。話し合いが終わったところで、またクリッカーで答えます。指導者は学生の回答をスクリーンに提示し、正解を募ります。正解が多数を占めていれば次に進み、誤答が多ければ再度概念の説明を加えます。去年の9月
に「Think-Pair-Share」という手法を天文学の講義で使う話を紹介しましたが、これは基本的に「ピア・インストラクション」と同じものです。マズール教授がこの手法を取り入れるようになった発端は、講義で習ったかなり複雑な計算をこなせるハーバード大学の学生が、非常に基本的な概念を問う問題になると途端にできなくなる、ということに気付いたところにあるといいます。自分の言葉
に置き換えて説明を試みること・・・それが、概念を理解していない場合は、パートナーと話し合って自分の理解のどこが間違っていたかに気付くことであり、理解している場合は、わかっていることを順序だてて説明することにより、理解を深め、強化することにつながります。
ワシントン大学のリリアン・マクデルモット教授が開発した「テュートリアルズ」という演習の手法でも、サカロフ教授とソートン教授、ロウ
教授が開発した「Interactive Lecture Demonstration」という手法でも、学生に頭を使って能動的に行動させる(パートナーと一緒に説明を考える、グラフをかくなど)ことによって、取っ掛かりをつけ、理解に導こうとしています。そのような思考を余儀なくさせられる状況を学生に与えなければ、彼ら彼女らは結局わからないままで卒業していってしまうことになるでしょう。手法の基本姿勢にはまったく賛成でした。
アメリカ物理教師学会は15年も前から「わかる物理」を目
指して活動を続けていたのでした。ワークショップの参加者は国際色豊かでした。それは、アメリカ人で専門的に物理の道に進む人が少ないということを表しています。皮肉なことです。日本の大学の物理教育に、指導法の向上をめざす動きはあるでしょうか。日本では、学習者が「なるほど」と理解することを助ける手段をどれだけ講じているでしょう。震災から立ち上がるための科学リテラシーというようなことを考えるには、大人も子どもも「科学を自分の言葉
で理解する」が中核
になるのではないかと思います。今の状況は過酷ではありますが、科学リテラシー向上のためには好機だといえるでしょう。たまたま、ある大学の理学部教授会で、教員研修のために「インターラクティブな講義指導法」について紹介することになりました。科学教育研究協議会の全国大会でも発表します。日本の理科教育が変わるときになることを願って、3週間半の滞在予定をこなします。
アメリカ物理教師学会 大学新教員向けワークショップ
http://www.aapt.org/Conferences/newfaculty/nfw.cfm
エリック・マズール教授のホームページ
http://mazur.harvard.edu/research/detailspage.php?rowid=8
エリック・マズール教授がピア・インストラクションについて語る(ビデオ)
http://www.youtube.com/watch?v=WwslBPj8GgI
ワシントン大学物理教育グループホームページ
http://www.phys.washington.edu/groups/peg/peginfo.html
ソーントン教授による「Interactive Lecture Demonstration」に関する記事
http://www.aps.org/units/fed/newsletters/fall2003/ThorntonWebILD.html
(プロフィール)
土佐 幸子(とさ・さちこ)
米国ロチェスター大学大学院修了、物理学博士。マサチューセッツ州立大学ローエル校教育学大学院修了、教育学博士。科学を通して「考える喜び」を伝えようと、1995年より米国ボストン科学博物館で子どものための科学教室を教える。日本の科学館、教育機関が実施するワークショップでも講師として活躍。現在、ライト州立大学助教授。理学部物理学科と教育学部教員養成科の兼任で、理科教育の日米比較研究に取り組んでいる。著書に『ライト兄弟はなぜ飛べたのか』(さ・え・ら書房)、訳書に『クォーク
の魔法使い』(ロバート・ギルモア著、培風館)などがある。


