科学ドキュメント

品種改良の最新技術イオンビームによって白菊の新種を開発

2005年11月01日    杉浦裕


白菊「神馬」は、日本でもっとも人気がある花の1つである。しかし、生産には大変な手間がかかった。その弱点がイオン ビームによる品種改良 で克服され、現在では全国に普及しつつある。

イオンにより植物の品種改良ができる

「癒し効果がある」ということなどから、イオン という言葉 をよく耳 にするようになった。イオン とは、電子 を与えることによって電荷をもった原子分子 のことで、ここ数年イオン に関係するさまざまな技術が開発されている。その1つに、植物の品種改良 がある。イオン ビームを植物の種子 などにあてると元素が反応 し、突然変異 が起こる。この現象を利用して、新たな品種をつくるのである。

突然変異 による植物の品種改良 は新しい技術ではないが、これまでは放射線 が使われることが多かった。しかし、放射線 を使うより、イオン ビームを使った方が、より精密な突然変異 を起こすことができる。最近の研究でわかったのは、イオン ビームによる品種改良 の以下のような特徴である。
1) 元素の選択が自由にできる
2) 照射の位置や深度が精密にコントロールできる
3)非常に小さな範囲に、非常に大きな影響を与えることできる

白輪菊を育てやすく改良をする

イオン ビームによる品種改良 が成功した例の1つに、鹿児島県バイオテクノロジー 研究所が行った白輪菊(しろりんぎく)の新品種の開発がある。

日本国内で生産されている切り花は、菊類がその3割を占める。中でも白い「輪菊」(中央の1輪だけ残して周りのつぼみを摘んだ一輪花)がもっとも多く生産されている。とくに秋輪菊の代表的な品種である「神馬(じんば)」は、花が純白で、花や の形が優れているため、もっとも人気がある。

しかし、この「神馬」は、わき芽やつぼみの数が多いのが欠点だった。一番上の花を1つだけを咲かせる輪菊では、それらを摘み取るのに大変な手間がかかる。数えてみると、「神馬」には1本あたり40個ほどのつぼみがつく。たとえば、1000 ㎡(平方メートル)あたり4万本の菊を植えた場合、生産者 は、160万個ものつぼみを手作業で摘み取る必要があったのだ。そこで、「つぼみの数を減らせないか」という生産者 からの声に応え、鹿児島県バイオテクノロジー 研究所が品種改良 に乗り出したのである。

白菊の新品種の全国普及を目指す

鹿児島県バイオテクノロジー 研究所は、「神馬」の種の突然変異 を起こすために、イオン ビームを照射する方法を採用した。これだけではうまくいかなかったが、植物の一部から人工的に新しい個体を育てる組織培養 も組み合わせて使った。その結果、この品種改良 は成功。1本あたり40個近くのつぼみを摘む必要があった「神馬」から、摘むつぼみが7個程度のものと、20個程度の2つの新種ができた。それらは、今どきの新しい「神馬」としいうことで、前者は「今神(いまじん)」、後者は「新神(あらじん)」と名付けられた。

「新神」は、「神馬」より花びらや の枚数が多いのでボリューム感もあり、花も大きく咲く。つまり、もともとの種のいいところは残し、さらに新しい性質を加えることのできるイオン ビームの技術があったからこそ、このような新種ができたと言える。

この「新神」は、2004年から鹿児島県内で種や苗の供給が始まった。全国の生産者 から多くの問い合わせがあり、2005年から県外での栽培も許可された。こうして、イオン ビームによって生まれた新種の白菊は、全国に広がっていったのである。

<引用元>
『Science & Technology Journal』2005年11月 号18~19ページ
「特集 白菊の新品種を開発 全国普及を目 指す」

<原著者>
鹿児島県バイオテクノロジー 研究所 細胞 期脳 研究室長
上野敬一郎(うえの けいいちろう)