エナメル質再生で“痛くない”虫歯治療が実現——成功のカギは“過飽和状態”にあり
2005年02月24日 松橋清由
これまでは、一度虫歯になってしまえば、もう元通りの歯に直すことはできませんでした。しかし、エナメル質の再生作用を活用した画期的な治療法の登場により、初期虫歯を削ることなく、健康な歯を取り戻すことができるかもしれません。

虫歯の原因とは?
歯磨きの習慣が広く定着しているといわれる日本人ですが、それでも虫歯にかかる人は少なくありません。では、虫歯が出来る原因とは、一体何なのでしょうか?
歯の表層は1〜2㎜の厚さのエナメル質で覆われています。このエナメル質表面に歯垢(プラーク)が残っていると、細菌は歯垢(プラーク)に含まれる糖を栄養にして、酸
を作り出します。
エナメル質は非常に硬い半面、酸
にはとても弱いという性質があります。そのため、エナメル質の表面で酸
がつくられると、エナメル質の内部に浸透していき、そこから歯の主な成分であるカルシウム
やリン
などが、徐々に溶け出してきてしまうのです。このような化学反応
が進むにつれて、エナメル質内部がどんどん溶かされていきます。
そして、ものを噛んだときなどに力
が加わるとエナメル質が陥没し、穴が開いて虫歯として認識されるようになるのです。
エナメル質の再生で、歯を「復元」
その一方で、人の口の中には、虫歯にならないようにするための仕組みがあります。人の唾液中には、カルシウム
などを含んだアパタイトという成分が多いため、ミクロン単位で溶けだしたカルシウム
は再びエナメル質表面に戻ってきます。私たちの歯の表面では、このような化学反応
が日常的に繰り返されているのです。
ただ、この復元
作用には限界があり、虫歯のような大きな穴があいてしまうと、もう自然に修復されることはありません。痛くなってから後悔しても、時すでに遅し……。虫歯の菌が巣食っている部分をドリルで削って詰め物をするという方法が、現在の治療法なのです。歯を削るという治療なしに、溶け出したエナメル質を再生し、健康な歯を取り戻すことはできないのでしょうか?
新技術へのブレイクスルー
この観点から、FAP美白歯科研究会と山梨大学のグループが、エナメル質再生作用を向上させる研究に取り組んだ結果、画期的な新技術の開発に成功しました。エナメル質は、カルシウム
やリン
などを多く含む、「ハイドロキシアパタイト」という物質を中心に構成されています。エナメル質の再生を目
的に、ハイドロキシアパタイトそのものを歯に直接塗ったとしても、それだけでは患部に定着せず、そのまま流れ出ていってしまいます。そのため、これまでハイドロキシアパタイトによるエナメル質再生は、実現が難しいと考えられていました。
そこで、同グループは、ハイドロキシアパタイトを酸性
溶液
と混ぜてから、エナメル質の患部に塗るという方法を考えついたのです。
成功のカギは「過飽和状態」
本来、エナメル質に強い酸
を塗ると、カルシウム
などが溶け出してしまうはずです。しかしこの研究グループは、歯に塗るペーストのカルシウム
イオン
やリン
酸
イオン
を、「過飽和
状態」にしておくことで、歯を溶かさずに、歯の表面にカルシウム
を積み上げる、「結晶
化」することが可能ではないかと考えました。
「過飽和
状態」とは、次のようなことをいいます。たとえば、水
に砂糖を溶かしてみることを考えてください。水
の温度によって溶ける砂糖の量は決まっていますから、それ以上砂糖を溶かそうとしても、溶けずに沈殿
してしまいます。ところが、いわゆる「溶ける限度」に達していても、ゆっくりと砂糖を加えていけば、ある程度の量までは砂糖が沈殿
せずに溶けたままの状態になることがあります。この状態が「過飽和
状態」です。ところが、限度を超えて砂糖を溶かした「過飽和
状態」は、化学的にとても不安定です。そのため、ちょっとした刺激
で、それまで透明だった砂糖水
の中に、あっという間に砂糖の結晶
ができ「再結晶
化」が起こります。
研究グループは、この点に着目
し、砂糖ではなくカルシウム
イオン
やリン
酸
イオン
で、エナメル質表面にカルシウム
を積み上げる「結晶
化」を試みたのです。
虫歯治療から“痛み”が消えるかも……
実験では、カルシウム
イオン
やリン
酸
イオン
を「過飽和
状態」にしたペーストを、傷ついたエナメル質に塗ったところ、元のエナメル質と同じ構造で再生していることが確認されました。研究グループの仮説が見事に実証されたのです。
「歯を溶かすはずの酸
を歯に塗るという“逆転の発想”が、この成果を生み出しました」と、FAP美白歯科研究会代表で歯科医師の山岸一枝さんは話しています。現在はこの治療法の確立に向けて、研究・実験が進められています。虫歯をドリルで削ることなしに、元通りの歯を取り戻すことができるのも、そう遠くないことかもしれません。





