国際数学オリンピック金メダリスト 東大生・尾高悠志さん 後編
2006年12月23日 島田健弘
高校生が対象のはずなのに、東京大学の数学入試問題よりはるかに難しい問題が出されるという「国際数学オリン
ピック(International Mathematical Olympiad, IMO)」。今回登場する尾高悠志さんは、高校1年生の時に2001年にアメリカの首都ワシントンD.C.で開催された「第42回 国際数学オリン
ピック」で金
メダルを獲得した現役の東大生です。日本人では7人目
の金
メダリストで、その後も3年連続で銀
や銅
のメダルを獲得。現在も東大で数学の研究をしています。子どものころから算数が好きで、“将来は数学者”を志し、その夢の通り数学者への道を歩いています。尾高さんはどんな人なのでしょうか。

| アメリカ大会での尾高さん |
国際数学オリンピックで金賞受賞
国際数学オリン
ピックとは、毎年夏に開催される数学の問題を解く能力
を競う国際大会です。1959年に7ヶ国で始まり、2006年現在では90ヶ国が参加する大きな大会になっています。参加者は高校生が対象。大会は2日間行われ、1日に4時間半かけて問題を解きます。でも、問題数はわずか3つ。いかに一つの問題が難しいかがわかるでしょう。採点の結果、成績上位12分の1に金
メダルが、次の12分の1に銀
メダルが、その次の12分の1に銅
メダルが授与されます。
日本代表は、日本数学オリン
ピックの一次予選、二次予選、強化合
宿に参加する過程で、6人に絞られます。尾高さんは高校1年生の時から3年生まで3年連続その6人の中に選ばれ、初出場した1年生の時に金
メダルを獲った選手なのです。
「問題は3問中1問、2日で2問が解ければ『金
』確実というくらい難しいんです。ぼくも大会のために何ヵ月
も過去の問題を分析したり対策を練って、本番に備えた。問題は学校のテストのように、公式を解くようなものではありません。計算力
じゃなくて、数学の『考え方』『アイデア』を試されるんです。だから大学入試のような高度な数学知識はそんなに必要なくて、基本的には中学生レベル
の数学の知識があっても解けるように作られている。ただ、その『考え方』にたどり着くのが大変なのですが……」
その一例として、2001年のアメリカ大会で出題された問題をあげてみましょう。
第2日目
、7月
8日に出た6番の問題。
「a、b、c、dを整数とし、a>b>c>d>0 とする。これらが、
ac+bd=(b+d+a-c)(b+d-a+c)
をみたすとする。このとき、ab+cdは素数でないことを示せ」
これだけを見ると……、たしかにそれほど難しいようには思えません。でも、本当にこの問題を証明しようと思ったら、一筋縄ではいかないことがわかるはずです。
一次予選、二次予選、強化合
宿、そして国際大会と、数々の修羅場を潜り抜けての金
メダル。なによりのご褒美だったことでしょう。
「金
メダルを獲ったときは本当にうれしかった。あの時は我を忘れるくらいの喜びに満ち溢れてたなあ」
栄えある金
メダル。でも、それ以上に、尾高さんはこの数学オリン
ピックでかけがえのない友だちが何人もできたと言います。
「普段の生活では数学の話で盛り上がるってこ
とはまずありません。だから、話の合う友だちができて、本当に楽しかった。いまでもメールのやり取りをする海外の友だちが何人もできたし、中にはビックリするような人もいました」

| アメリカ大会にて |
ぼくよりも先に行ってる人が!
尾高さんでも、ビックリする人とはどんな人なのでしょうか。
「高1ではじめて参加したアメリカ大会のとき、4年連続で金
メダルを獲っていたアメリカの選手がいたんです。彼が参加者の親睦を深める交流
会の時に、コホモロジー論についての発表をした。コホモロジーとは整数論をはじめ、代数幾何、代数解析などを含む、数学の幅広い分野で使われる概念。大学院生が研究するような高度な数学の理論です。『こんな人がいるのか!』と圧倒されてしました」
でも、尾高さんも中学生の時点で大学院までの現代数学をやっていたのでは?
「やっていたといっても、実際にはあまり身についていなかった(笑)。彼を見て、気分が切り替わった。現代数学について本気で研究してみようと、その時に思ったのです。そこから現代数学の勉強に徐々に傾いていきました。でも、連続金
メダルを獲ることもぼくの目
標でしたから、数学オリン
ピックの勉強もおろそかにできない。現代数学と数学オリン
ピックの勉強。このふたつが高校時代のぼくの両輪でした」
どちらかひとつでも、高校生の勉強とはかけ離れています。両立はできたのでしょうか。
「数学オリン
ピックの成績が落ちました(笑)。42点満点なんですけど、高1の時は30点で金
、高2は25点で銀
、高3は20点で銅
。5点ずつ落ちちゃいましたね」
| 2006年のスロベニア大会。尾高さんは引率役に |
数学は芸術だ!
中学生で数学に魅せられた尾高さんにとって、数学とはどういうものなのでしょうか。
「数学……。ぼくはピアノを弾くんですが、ピアノも数学も芸術的な美を求めるという意味では似たもの同士だと思っています。無駄のない数式がぼくにとって美しいと感じるように、均整がとれた音階の譜面を見ると美しいと感じてしまうんですね。バッハが特にそうですね」
数学が芸術――。たしかにシンプルな数式を「エレガンス(華麗)」と表現する話は聞きます。しかし、数学が芸術というのはピンとこないんですが……。
「そもそも芸術というのは“じっくりとモノの本質について真剣に考え抜くこと”だと思うんです。世の中にはいろんな情報が溢れていますが、それに振り回されないで、モノの本質を見極める。たとえば、絵や音楽、小説などの自分の興味のあることについてとことん考える。そうしていると、それが芸術に昇華
される。数学も同じ。その公式がなぜできたのかとか、本当に成立するのかとか考えながら、モノの本質を明らかにする。それを考えるのが数学者なんです。でも、そんなことばっかり考えているぼくは、はたから見たらニート(働いたり、勉強したりした経験のない無業者)みたいなものかもしれません。妹には変人扱いされてるし(笑)」
たしかに変わっていることは間違いなさそうですね。
「ははは(笑)。でも、数学を好きな人は周りにあまり多くないのが一般的です。そんな人は、数学オリン
ピックに参加してみるべきです。そうすれば、同じ趣味を持つ仲間を見つけることもできると思いますよ」





