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素粒子ミューオンで、かべや柱の中の鉄筋の様子がわかる 世界初
2008年10月20日 橘 悠紀(科学ライター)
見ることができないかべや柱の中の様子が、わかったら…。今回、そんな魔法(まほう)のようなことに成功しました。宇宙 から地球に飛んでくる宇宙 線のミューオンという素粒子 (そりゅうし)を利用して、鉄 筋(てっきん)コンクリートの建物の中の鉄 筋をさぐることに、世界で初めて成功したのです。(写真1)
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| 写真1:ミューオンを観測する装置。ミューオンは地球上に最も多い素粒子で、身のまわりにも、目には見えないが、かなりの密度で、いろいろな方向に飛びかっている。ミューオンは、この建物も、建物の中の物も、すべて通りぬける |
| 写真2:鉄筋コンクリートに入っている鉄筋。主筋は、鉄筋の上下にあり、最も力を受ける鉄筋。あばら筋は、主筋どうしをつなげる鉄筋。この周りにコンクリートを流しこんでかためる。これは、十分な本数の鉄筋が、適切な場所に入っている、安全な鉄筋コンクリート 写真提供:安藤建築事務所 *クリックすると大きくなります。 |
危険な建物の問題、自分の研究分野が生かせないだろうか
鉄 筋コンクリートの建物は、鉄 筋とコンクリートとが一体となったものでつくられる建物です。それぞれの強い部分がうまくはたらくため、本来は安全な建物です(写真2)。ところが、鉄 筋の数を減らしたり、鉄 筋を細くしたりする、危険な鉄 筋コンクリートの建物があることが日本では問題になっています。この問題に対して、東京大学地震 (じしん)研究所の田中宏幸(たなかひろゆき)先生は、自分の研究分野の一つである宇宙 線ミューオンが生かせるのではないかと考えました。
| 図1:宇宙から地球に達する宇宙線。宇宙線は、地球の大気を通る時に、酸素などとぶつかって別の物質になる。宇宙では陽子やヘリウムの原子核だったものが、地球の大気を通る時、酸素などとぶつかってミューオンになった。地上にとどく宇宙線の中で最も多い物質がミューオン。ほかに、ニュートリノなどがある。 *クリックすると大きくなります。 |
宇宙線ミューオンは、地球でも飛びかっていて、何でも通りぬけてしまう
宇宙 には、宇宙 線というものが飛びかっていて、ふだんは感じられませんが、地球にも飛んできています(図1)。その一つがミューオンです。ミューオンは、地上にとどく宇宙 線の中で最も多い物質です。わたしたちの身の回りにも、さまざまな方向に、手のひらくらいの面積当たり1秒間に1個くらいの割合(わりあい)で、ミューオンが飛びかっています。また、ミューオンは、どんな物でも通りぬけることができ、鉄 やコンクリート、1kmの岩でさえも通りぬけます。(図2)
ミューオンは、鉄を通りぬける時は曲がる
ミューオンには、進み方に特長があります。鉄
を通りぬける時、進路が曲がるという性質があります。(図3)
ミューオンは、素粒子の一つ
あらゆる物質は、素粒子 という、たいへん細かい粒(つぶ)の物質でできています。素粒子 は12種類あるといわれていますが、ミューオンもその一つです。先日、日本人3人の、2008年ノーベル 物理学賞受賞が決定しましたが、研究は素粒子 に関するものでした。
| 写真3:ミューオンを観測する装置のしくみ。ミューオンは、地球上でいろいろな方向に飛びかっているが、上から下に進んでいるミューオンを、この装置は利用する。ミューオンが通る装置をまっすぐに3個ずつ2列に並べてある。それぞれの列の、いちばん下の装置を通るミューロンの数を調べる。真ん中の装置といちばん下の装置の間に鉄筋コンクリートを置き、ミューロンがコンクリートを通った場合と、鉄筋を通った場合の数を比べる。 *クリックすると大きくなります。 |
かべや柱をこわさず、中の鉄筋の様子が知りたい。ミューオンを利用する装置の研究開発
田中先生は、ミューオンの鉄 を通りぬける時に曲がる性質を利用して、鉄 筋コンクリート内部の鉄 筋のようすを見る装置(そうち)ができないかと考えました。現在、建物をこわさないでこれを調べる方法はありません。もし装置ができれば、建物をこわすことなく、かべ・床・柱などの中の鉄 筋の様子を知ることができます。田中先生は、高エネルギー 加速器研究機構などとの共同で、ミューオンを観測する装置(そうち)の研究開発に成功しました(写真3)。ミューオンがあたると光を出し、その光を電流 に変えて、ミューオンをとらえる装置です。
ミューオンで、外から、かべや柱の中の鉄筋の様子を明らかにする装置のしくみ
この装置で、鉄
筋コンクリートを通りぬけるミューオンの数を調べます。鉄
筋があるところではミューオンが曲がるので、観測できるミューオンの数が少なく、鉄
筋がないところではミューオンがまっすぐ通るので、ミューオンの数は多くなるはずです。実際に、この装置を使ってミューオンを観測したところ、予想どおりの結果が得られました。これは、世界で初めてのことで、今回の新しい発見です。 (図4)
開発した装置の実用化に向けて
開発した装置が実際の建物の検査に使えるようになれば、危険な鉄 筋コンクリートの建物かどうかを調べるのに役立ちます。そのためには、今後、建築の研究をする人たちや、建築の会社などとも協力 して、装置に改良を加え、その実用化に向けての研究を進める必要があります。まだ時間はかかりそうですが、この装置が実用化されれば、わたしたちの生活の安全のために、たいへん役立つことになるでしょう。
別の素粒子で、地球の内部を調べる計画も進行中
現在、田中先生がかかわっている計画に、ニュートリノ (ミューオンと同じく素粒子 の一種)を利用して地球の内部を調べるというものがあります。南極に80本の穴をほり、全部で4800個の観測装置をつるして、地球を通りぬけてきたニュートリノ をとらえ、地球の内部がどうなっているかを調べるのです。観測は2009年から始まる予定で、地球内部の図ができるまでには10年以上かかる見こみです
田中先生からみなさんへのメッセージ
「わたしは、知らないことを明らかにすることが大好きです。今回の成功は、見えないものを見てやろうと する気持ちから生まれたとも言えるでしょう。また、自分の研究を人々のために役立てたい、という気持ちも大きかったと思います。みなさんも、そういう気持ちを持ってくれたらうれしく思います。今まで、素粒子 を研究することが何の役に立つのかと言われることもありました。しかし、現在では、絶えず宇宙 からふってくる素粒子 を、わたしたちの生活に役立てる新しい研究が行われています。これからも、この研究を進め、さまざまな分野に応用していきたいと思っています」(写真4)
かべ・床・柱の中、地球の中、さて、今度は何の中を明らかにしてくれるのでしょうか。



