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今週のトピックス

ショウジョウバエが音と重力を感じるしくみは、人間と似ている

2009年04月20日    橘 悠紀(科学ライター)

ショウジョウバエは、体長2、3mmの小さなハエで、人間とは、似ても似つかない見た目 をしています。ところが、このショウジョウバエが音や重力 を感じるしくみが、人間が音や重力 を感じるしくみと似ていることがわかりました。

写真1:ショウジョウバエ。今回、ショウジョウバエが音や重力を感じるしくみが、人間が音や重力を感じるしくみと似ていることがわかった。

人間や動物がものを感じるしくみ、五感

人間や動物には、ものを感じるしくみとして、以下のものがあります。
◆ものを見る視覚 (しかく)
◆音を聞く聴覚 (ちょうかく)
◆味を知る味覚 (みかく)
◆においをかぐ嗅覚 (きゅうかく)
◆はだで感じる触覚 (しょっかく)
これらをまとめて、五感といいます。人間や動物は、五感でとらえた情報を に送り、ものを感じるのです。

五感のうち、視覚、味覚、嗅覚が、ショウジョウバエと人間で似ていることがわかっていた

昆虫(こんちゅう)についても、五感が研究されています。中でもショウジョウバエについての研究は進んでいて、これまでの研究で、五感のうち、視覚 、味覚 、嗅覚 は、そのしくみが、人間とショウジョウバエでよく似ていることがわかっていました。
◆視覚 ―よく似ている。
◆聴覚 ―似ていることが確認できていない(今回、確認できることになる)。
◆味覚 ―よく似ている。
◆嗅覚 ―よく似ている。
◆触覚 ―似ていることが確認できていない。

ショウジョウバエの五感のうち、聴覚も明らかにしたい

東京大学分子 細胞 生物学研究所の伊藤啓(いとうけい)先生の研究室では、ショウジョウバエの脳 のしくみをくわしく調べています。ショウジョウバエが五感を感じるしくみがわかれば、それと人間やほかの動物の五感を感じるしくみを比べることで、脳 というものがさまざまな感覚の情報をどうやって受け取っているのかを、よりくわしく知ることができるからです。伊藤先生と研究室の上川内(かみこうち)あづさ先生(現・東京薬科大学)、学生の稲垣秀彦(いながきひでひこ)さん(現・カリフォルニア工科大学)、ドイツのケルン大学などの研究チームは、これまで研究が行われてきた視覚 、味覚 、嗅覚 だけでなく、聴覚 についても調べてみようと考え、ショウジョウバエが音などを感じて、その情報を脳 に送るしくみを明らかにする研究を続けていました。

図1:人間の耳のつくり。 *クリックすると大きくなります。さらにマウスをおしながら自由に動かせます。

人間は、耳で音や重力を感じている(図1)

わたしたち人間は、 で、音や重力 を感じています。
音:
1.音が出る(空気 のふるえが伝わる)。
2.空気 のふるえに応じて耳 の奥にあるこまく(図1の①)がふるえ、その動きが蝸牛器官 (かぎゅうきかん)(図1の③)に伝わる。
3.蝸牛器官 の神経がふるえを電気信号に直し、脳 に伝える。
4.音を感じる。
重力 :
1.人が動く。
2.耳 にある耳 石器官 (じせききかん)(図1の②)が重力 の方向によって、ほんのわずか動く。
3.耳 石器官 の下にある神経の先がわずかに動き、その動きを電気信号に直して、脳 に伝える。
4.重力 を感じる。
(重力 を正しく感じているからこそ、わたしたちは、まっすぐ立っていられるのです)

図2:ハエの触角と、触角のつけねの部分にあるジョンストン器官。これまで、触角で音を感じていること、ジョンストン器官が音を感じていることに関係していることがわかっていた。また、これまで、触角で重力を感じていることはわかっていなかったが、ジョンストン器官が重力を感じることに関係しているかはわかっていなかった(今回確認できることになる)。 *クリックすると大きくなります。さらにマウスをおしながら自由に動かせます。

ショウジョウバエは、触角で音や重力を感じている

ショウジョウバエの頭には、2本の触角 があります。ショウジョウバエは、触角 (しょっかく)で、音や重力 を感じていることがわかっています。

また、これまで、触角 のつけねにあるジョンストン器官 という部分が、音を感じることと関係していることがわかっていました。ジョンストン器官 が、重力 を感じることと関係しているかは、確認できていませんでした(今回確認できることになる)。(図2)






ショウジョウバエの触角の動きと、音や重力を感じることの関係で、これまでにわかっていたこと

・空気 がふるえると触角 がふるえて、ショウジョウバエが音を感じる。
・触角 が重力 を受けてかたむくと、ショウジョウバエが重力 を感じているのかもしれない(これまで、はっきりと確認できていなかったが、今回確認できることになる)。

触角の動きを感じる神経細胞についてはよくわかっていなかった

触角 の動きを脳 に伝えるためには、神経細胞 が電気信号を送らなければなりません。触角 のジョンストン器官 には、神経細胞 があることはわかっていましたが、どのような神経細胞 が並んでいるかわかっていませんでした。また、そこから脳 のどこへ、どのように情報が伝わっているかは、よくわかっていませんでした。そこで触角 から脳 に伸びる神経細胞 の形をくわしく調べた結果、伊藤先生たちは、2006年に、次のことを発見しました。

図3:ショウジョウバエの触角のジョンストン器官にある神経細胞A、B、C、D、E。CとEは続いている。音や重力についての情報を受け取り、それぞれ脳の下にあるA、B、C、D、Eの場所に情報を送っていると考えられていて、これから実験1で確認する。 *クリックすると大きくなります。さらにマウスをおしながら自由に動かせます。

触角のジョンストン器官には約500個の神経細胞が並んでいて、それらがA、B、C、D、Eの5種類に分かれている

触角 のジョンストン器官 には約500個の神経細胞 が並んでいて、それらがA、B、C、D、Eの5種類に分かれています。また、これら5種類の神経細胞 は、それぞれ脳 の下の方にあるA、B、C、D、Eの5つの場所に、情報を送っていることがわかりました。(図3)







そこで今回、ショウジョウバエが音や重力 を感じているときに、これらの神経細胞 A、B、C、D、Eがどう関係しているかを調べるために、次のような3つの実験をしたのです。

実験1:音・重力に対して、触角のジョンストン器官の神経細胞A、B、C、D、Eのどれが関係しているのかを調べる

まず、それぞれの種類の神経細胞 が、活動の具合に応じて光を出すハエをつくりました。ハエに青い光を当てると、これらの神経細胞 は黄色い弱い光を出します。神経の活動が活発になるにつれて、より明るく光ります。それらのショウジョウバエを、生きたまま顕微鏡 (けん びきょう)の下に置いて、触角 をふるわせたり、触角 を一定方向へかたむけたりして、どの神経細胞 が明るく光るかを調べました。結果は以下のとおりです。

図4:実験1の結果、触角がふるえるとき、ジョンストン器官の神経細胞A、Bが明るく光り、触角が一定方向にかたむくとき神経細胞C、Eが明るく光ることがわかった。 *クリックすると大きくなります。さらにマウスをおしながら自由に動かせます。

実験1の結果

・触角 がふるえるとき:ジョンストン器官 の神経細胞 AとBが明るく光る。
・触角 が一定方向にかたむくとき:ジョンストン器官 の神経細胞 CとEが明るく光る。
(Dについては技術的な問題があり調べることができなかった)

これで、ジョンストン器官 の5種類の神経細胞 のうち、AとBは触角 のふるえを、CとEは触角 の一定方向へのかたむきを知るのに大切なことがわかりました(図4)。さらに、ショウジョウバエが音や重力 に反応 するときにこれらの細胞 がどのように使われているかを調べるために、実験2(音について)、3(重力 について)を行いました。

実験2:ショウジョウバエが音を感じるのに、触角のふるえを知る神経細胞とかたむきを知る神経細胞のどちらが必要であるかを調べる

ショウジョウバエのオスは、メスを見つけると、後ろにくっついてメスをさそう羽音を出します。オスは、ほかのオスの羽音を聞くと、そのそばにメスがいると思い、相手を探して近くのハエを追いかける習性があります。この習性を利用して、どの神経細胞 が音を感じるのに関係しているかを調べました。

図5:実験2の方法。 *クリックすると大きくなります。さらにマウスをおしながら自由に動かせます。

実験2の手順

1.次のような3種類のショウジョウバエを用意する。
●ふつうのハエ
●触角 のふるえを知るのに必要な神経細胞 をはたらけなくしたショウジョウバエ
●触角 のかたむきを知るのに必要な神経細胞 を働けなくしたショウジョウバエ


2.それぞれに、メスをさそう羽音を聞かせてその反応 を調べる。(図5)

実験2の結果

・ふつうのハエ→羽音に反応 した(音が聞こえている)
・触角 のふるえを知るのに必要な神経細胞 をはたらけなくしたハエ→羽音に反応 しない(音が聞こえていない)
・触角 のかたむきを知るのに必要な神経細胞 をはたらけなくしたハエ→羽音に反応 した(音が聞こえている)

(実験2の結果は動画でも見られます)




動画は、何も処理しないふつうのハエ(左側)と、音に反応 しなくしたハエ(右側)の行動を紹介しています。

図6:実験2の結果。 *クリックすると大きくなります。さらにマウスをおしながら自由に動かせます。

わかったこと:ショウジョウバエは触角 を使って音を感じており、それには、触角 のふるえに反応 する神経細胞 が必要である。触角 のかたむきに反応 する神経細胞 は、音を感じるのには必要ない。(図6)








実験3:ショウジョウバエが重力を感じるのに、触角のふるえを知る神経細胞とかたむきを知る神経細胞のどちらが必要であるかを調べる

ショウジョウバエは、おどろくと上に向かってにげる習性があります。この習性を利用して、触角 のふるえを知る細胞 とかたむきを知る細胞 のどちらが、重力 を感じるのに関係しているかを調べました。

図7:実験3の方法。 *クリックすると大きくなります。さらにマウスをおしながら自由に動かせます。

実験3の手順

1.次のような3種類のショウジョウバエを用意する。
●ふつうのハエ
●触角 のふるえを知るのに必要な神経細胞 をはたらけなくしたショウジョウバエ
●触角 のかたむきを知るのに必要な神経細胞 をはたらけなくしたショウジョウバエ
2.ハエをおどろかせて、上のほうににげるかを調べる。
3.5回行い、5回のうち反応 した回数を調べる。(図7)

図8:実験3の結果。 *クリックすると大きくなります。さらにマウスをおしながら自由に動かせます。

実験3の結果
・ふつうのハエ→ほとんどのハエは上ににげた(重力 を正しく感じた)
・触角 のふるえを知るのに必要な神経細胞 をはたらけなくしたハエ→上下に関係なくにげた(重力 を正しく感じられなかった)
・触角 のかたむきを知るのに必要な神経細胞 をはたらけなくしたハエ→上下に関係なくにげた(重力 を正しく感じられなかった)

わかったこと:ショウジョウバエは触角 を使って重力 を感じており、それには触角 のかたむきに反応 する神経細胞 が必要である。触角 のふるえに反応 する神経細胞 は、重力 を感じるのには必要ない。(図8)

人間とショウジョウバエの聴覚のしくみが似ていた

以上の結果をまとめると、以下のようになります。
●ショウジョウバエの触角 のつけねにあるジョンストン器官 には、触角 のふるえと触角 のかたむきに反応 する、別々の神経細胞 がある。
●それぞれの神経細胞 は、脳 の別々の場所に情報を伝えている。
●ふるえを検知する神経神経はショウジョウバエが音を聞くのに、かたむきを検知する神経はショウジョウバエが重力 の向きを知るのに、それぞれ重要である。

一方、人間も、音と重力 を の別々の部分、こまく、耳 石器官 で感じて、脳 の別々の部分に情報を送っています。伊藤先生たちはショウジョウバエの脳 の、音の情報が送られる場所にある神経回路 や、重力 の情報が送られる場所にある神経回路 の形も調べました。その結果神経回路 の形が、人間とショウジョウバエでよく似ていることもわかりました。人間とショウジョウバエは見た目 がまったくちがうのに、音や重力 を感じるしくみは似ていることがわかったのです。

人間とショウジョウバエの聴覚のしくみは別々に進化したが、音や重力を感じるのに都合がよいように進化した結果、似たようなしくみとなった

みなさんの中には、人間とショウジョウバエは、遠い遠い昔、同じ祖先だったから、聴覚 のしくみも似ているのだろうと 考える人がいるかもしれません。しかし、人間とショウジョウバエは、約6億年前に分かれ、人間の やハエの触角 に似た構造が先祖の生物にできてきたのは、それから数億年あとのことです。ですから、人間とショウジョウバエの聴覚 のしくみは、それぞれ別に進化 したものです。どちらも、音や重力 を感じるのに都合のよいように進化 し、その結果、似たようなしくみになったと考えられるのです。

写真2:ショウジョウバエが音や重力を感じるしくみが、人間と似ていることを明らかにした研究チームの伊藤啓先生。 *クリックすると大きくなります。さらにマウスをおしながら自由に動かせます。

伊藤先生からみなさんへのメッセージ

日本のことだけを勉強するのでなく、ほかの国のようすを調べて日本と比べてみると、日本の社会のどのような点が日本だけの特殊なことなのか、どのような点がどの国にも共通なことなのかを、深く理解することができます。わたしたちも、人間以外の生物の感覚のしくみや脳 のしくみを調べることで、人間の感覚のしくみや脳 のしくみがよりよくわかってきました。また、すべての生物に共通する、本質的なしくみもわかってきました。みなさんもものごとを見るとき、広い視野をもって、いろいろ比べてみてください。また、自分が好きなこと、得意なことだけでなく、さまざまなことに興味をもってください。(写真2)

見た目 がまったくちがう、人間とショウジョウバエですが、感覚のしくみや脳 のしくみの多くが似ていることがわかりました。生物というものが、いかにうまくはたらくようにできているかがわかりますね。


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