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今週のトピックス

母カニクイザルは、子ザルの前では大げさに歯みがきをしていた

2009年05月04日    橘 悠紀(科学ライター)

動物の中には、道具を使うものがいくつかいます。しかし、道具の使い方がどのようして広まるのかは、これまでわかっていませんでした。今回、人間の髪(かみ)を使って歯みがきをする母カニクイザルをくわしく観察したところ、母ザルが自分だけでするときより、母ザルが子ザルに見られているときの方が、大げさな動作をすることがわかりました。

写真1:タイのロブリーの寺院遺跡にいるカニクイザル。この地域では、サルは神のつかいと考えられ、大切にされている。

人間は、道具の使い方を、ほかの人に教えてもらっている

わたしたち人間は、はしをでものを食べたり、鉛 筆(えんぴつ)で文字を書いたりします。このように、道具を使うことは、生まれてからすぐにできるわけではなく、家族や学校の先生などに教えてもらいながら身についていくものです。

サルやチンパンジーが、どのように道具の使い方を伝えるかは、わかっていなかった

人間以外で、サルやチンパンジーにも、道具を使うものがいます。アフリカにすむチンパンジーの一部は、木の枝をシロアリの巣穴にさしこみ、シロアリをつり上げて食べます。また、南アメリカのブラジル北東部にすむフサオマキザルは、石を使って木の実を割ることが観察されています。しかし、サルやチンパンジー同士で、道具の使い方がどのようにして伝わっているのかは、わかっていませんでした。

図1:ロブリーの位置。 *クリックすると大きくなります。さらにマウスをおしながら自由に動かせます。

タイにいるカニクイザル

タイの首都バンコクから北東約150kmに、ロブリー(図1)という街があり、その周辺にはカニクイザルがすんでいます。カニクイザルは、東南アジアに広くすんでいます。体長約50cm、頭のてっぺんの毛が立っていることや、体と同じくらい長い尾(お)が特徴(とくちょう)です。「カニクイ」という名前のように、カニを食べることもありますが、カニばかりを食べているのではなく、果実 や植物をよく食べます。

写真2:人間の髪を使って歯みがきをするカニクイザルがすむ、タイのロブリーにある寺院遺跡。 *クリックすると大きくなります。さらにマウスをおしながら自由に動かせます。

大人のカニクイザルは、人の髪を使って歯みがきをする

10年ほど前から、ロブリーの寺院の遺跡(いせき)(写真2)にすむカニクイザルの約250頭の群れのうち、約100頭が、人の髪を使って、歯の間を掃除(そうじ)していることが観察されていました。

◆歯みがきの方法
 1.人間の女の人のかたに乗り、髪を引きぬき、その髪を両手で持つ。
 2.髪を歯の間に通して動かす。(食べた物のかすをとる)
 3.動かすのをやめ、髪を口から出す。
 4.上の2、3を何度かくり返す。
この歯みがきを行っていたのは、6歳(さい)以上の大人のサルたちです。これは、人間の歯みがき、デンタルフロス(=糸を歯の間に入れて動かして歯を掃除する方法)にそっくりですね。なお、現地ロブリーでは、サルは、神の使いだと考えられているので、女の人は、サルに髪をぬかれることをいやがらないそうです。

観察:母ザルから子ザルに、どのような方法で歯みがきのやり方が伝わるのか

京都大学霊長類(れいちょうるい)研究所では、世界のさまざまな霊長類(サルやチンパンジーなどの仲間)の生態や行動の研究をしています。霊長類研究所の正高信男(まさたかのぶお)先生たちの研究チームは、髪を使って歯みがきをするカニクイザルの母ザルの行動を観察しました。

◆観察方法
 1.ロブリーにすむ、歯みがきをする群れの中から、満1歳の子どもがいる母ザル7頭を選ぶ。
 2.そばに子ザルがいないときの母ザルの歯みがきの様子と、そばに子ザルがいるときの母ザルの歯みがきの様子を、それぞれ50回ずつビデオ撮影する。
 3.それぞれの場合の、母ザルの歯みがきのしかたを比べる。

写真3:人間の髪を使って歯みがきをするカニクイザルの母ザル。子ザルがそばにいないと、子ザルがそばにいるときほど、大げさな動作をしない。 *クリックすると大きくなります。さらにマウスをおしながら自由に動かせます。

観察の結果:子ザルがいると、母ザルの動作が大げさになった

歯みがきをするときの観察の結果は、次のようになりました(7頭の平均値です)。

◆そばに子ザルがいないとき(写真3)
 1.髪を歯に通して動かす動作:平均3往復(動作が小さかった)
 2.上の動作をくり返す回数:平均3回 
   1.2を合わせて、3往復×3回
   (動画1でこのときの様子が見られます)
 

写真4:人間の髪を使って歯みがきをするカニクイザルの母ザル。子ザルがそばにいるときは、大げさな動作をする。 *クリックすると大きくなります。さらにマウスをおしながら自由に動かせます。

◆そばに子ザルがいるとき(写真4)
 1.髪を歯に通して動かす動作:平均6往復(動作が大きかった)
 2.上の動作をくり返す回数:平均1.5回
   1、2を合わせて、6往復×1.5回
   (動画2でこのときの様子が見られます)

子ザルがいると、母ザルの動作が大げさになったことがわかります。また、母ザルは、髪を歯に通して動かす動作を、子ザルがいるときは、小ざるがいないときと比べて倍行っています(それぞれ6往復、3往復)。母ザルは、子ザルに、動作をじっくり見せているように見えます。この様子は、下の動画1,2でも確認できます。



◆動画1:母ザルは、子ザルがそばにいないと、子ザルがそばにいるときほど大げさな動作をしない。



◆動画2:母ザルは、子ザルがそばにいるときは大げさな動作をする。母ザルは、髪を歯に通して動かす動作を、子ザルがいないときの3往復に対して、倍の6往復行っている。母ザルは子ザルに、じっくりと歯みがきを見せているように見える。これらを大げさな動作で行っている。

母ザルの大げさな動作が、子ザルに道具の使い方を教えることになっている

正高先生は、「母ザルが、髪を使って歯みがきを教えようという目 的から動作を大げさにしているかどうかはわかりません。しかし、母ザルが動作を大げさにすることで、結果として子ザルに歯みがきを教えることになっていると考えられます」と言います。これまで、何かものごとを教える、教育という行動は、人間だけしかしないと考えられていました。しかし、母ザルの行動によって、子ザルが道具の使い方を学んでいるのなら、初めて人間以外の動物で、教育という行動が観察されたことになります。また、教育の起源がサルにあったという可能性が考えられます。

今後、母ザルの動作に対する子ザルの関心を調べる

研究チームは、今後、母ザルの大げさな動作に、子ザルが実際に関心を持っているのかどうかを調べる予定です。母ザルの動作に子ザルが関心を持ち、その動作をまねることがわかれば、動物の教育について、新たな発見があるかもしれません。

写真5:カニクイザルの母ザルは、子ザルがそばにいるときは、大げさな動作をすることを発見した、京都大学霊長類研究所の正高信男先生。 *クリックすると大きくなります。さらにマウスをおしながら自由に動かせます。

正高先生からみなさんへのメッセージ

生き物や自然の観察というと、今までだれもふみ入らなかった未知の土地で、生き物や自然を観察することだと思うかもしれません。しかし、身近なところにいる、身近な生き物の中にも、わたしたちが気がついていない、おどろくべき事実というのがいくらでもかくれています。すばらしい科学的発見というのは、みんなが目 にしているのにだれも気がついていないことで、指摘すればだれもが理解できるものを見つけることです。そうした発見をするチャンスは、だれにでもあると思います。みなさんも、身の回りの自然に目 を向けてみてください(写真5)。

道具を使い、その使い方を教えるという行動は、人間だけが行うことではないのですね。自然には、まだまだわたしたちが知らないことがたくさんあるようですね。


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