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140年なぞだった花粉管をおびき寄せる物質がわかった
2009年05月11日 橘 悠紀(科学ライター)
植物の花のめしべ の先に花粉 がつくと、花粉 からめしべ の中にある胚 のう(はいのう)(めす)まで花粉管 (かふんかん)(おす)がのびて受精 します。これまで、花粉管 をおびき寄せる物質があるだろうと 予想はされていましたが、それがどんな物質かは、140年もの長い間わかっていませんでした。しかし、今回、その物質が初めて明らかになりました。
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| 写真1:花粉から花粉管(おす)がしだいにのびていくようす。上中下はそれぞれ、0分後、41分後、1時間6分後。花粉管は、迷うことなく胚のう(めす)にたどり着き、受精する。今回、花粉管をおびき寄せる物質がわかった。 写真提供:名古屋大学大学院理学研究科 |
| 図1:植物の受精のしくみ。おしべの花粉から花粉管(おす)がのび、めしべの中を通って、胚のう(めす)にたどり着く。 原図:名古屋大学大学院理学研究科 *クリックすると大きくなります。さらにマウスをおしながら自由に動かせます。 |
植物が受精するしくみ
植物の花には、めしべ
(めす)とおしべ
(おす)があります。おしべ
についている花粉
がめしべ
につくと、実ができ、種ができます。このしくみを、くわしく見ると、次のようになります。
1.おしべ
の花粉
がめしべ
の先につく。これを受粉
という。
2.花粉
から花粉管
(おす)が出て、めしべ
の中を通ってのびる。
3.花粉管
が、めしべ
の中の胚
しゅにある胚
のう(めす)までのびて受精
する。(図1)
| 写真2:左から胚のう(めす)をめざしてのびてきた花粉管(おす)。a~fの順に、のびてきた花粉管が胚のうに近づき、胚のうまでたどり着く。d~fでは、さらに下からもう1本の花粉管がのびてきている。 写真提供:名古屋大学大学院理学研究科 *クリックすると大きくなります。さらにマウスをおしながら自由に動かせます。 |
花粉管は迷うことなく胚のうにたどり着く
花粉
からのびた花粉管
は、迷うことなく胚
のうにたどり着きます(写真2。この写真は下の動画を静止画にしたもの)。このことは、1869年に、胚
しゅと花粉
を寒天の上に置く実験で、花粉管
が胚
のうにたどり着くことがわかったことでも確認されていました。
花粉管
が胚
のうにたどり着く様子は動画でも見られます。
胚 のうをめざしてのびる花粉管 が、左から胚 のうに近づき、胚 のうまでたどり着く。さらに下からもう1本の花粉管 が近づいている。
出典:Higashiyama and Hamamura, 2008, Sexual Plant Reproduction 21, 17-26
花粉管がどうして迷うことなく胚のうにたどり着くかは、わかっていなかった
花粉管 が胚 のうにたどり着くために、胚 のうから、花粉管 をおびき寄せる物質(=誘引(ゆういん)物質)が出ているだろうと 予想されていました。多くの研究者が、花粉管 をおびき寄せる物質が何かをつきとめようとしましたが、うまくいきませんでした。
| 写真3:トレニアの花。花だんやはち植えで育てられる園芸植物。初夏から秋にかけて花をさかせる。 写真提供:名古屋大学大学院理学研究科 *クリックすると大きくなります。さらにマウスをおしながら自由に動かせます。 |
明らかにできなかった理由:ふつうの花では胚のうが胚しゅにつつまれているので、観察や実験ができなかった
これまで明らかにできなかった理由は、ふつうの花では胚 のうが胚 しゅに包まれているので(図2の左)、花粉管 が胚 のうにのびていく様子の観察や、そのしくみを明らかにするための実験ができなかったからです。それをなんとか解決しようと、さまざまな研究が行われていました。
| 図2: 左:ふつうの花は、胚のうが胚しゅに包まれている。右:トレニアは、胚のうが胚しゅに包まれておらず、胚のうが外に出ている。 原図:名古屋大学大学院理学研究科 *クリックすると大きくなります。さらにマウスをおしながら自由に動かせます。 |
胚のうが胚しゅに包まれていない花、トレニアに目をつける
名古屋大学の東山哲也(ひがしやまてつや)先生たちの研究チームは、以前から、植物の受精 のしくみを研究していました。東山先生は、トレニア(写真3)という植物の花に目 をつけました。この花は、胚 のうが胚 しゅに包まれておらず、胚 のうが外に出ています(図2の右)。そのため、花粉管 が胚 のうにのびていく様子の観察や、そのしくみを明らかにするための実験がしやすいと考えられます。東山先生は、トレニアで受精 のしくみを調べることにしました。
| 図3:胚のう(めす)の中にある助細胞から花粉管(おす)をおびき寄せる物質が出ていることがわかった。この時、その物質が何であるかはわかっていなかったが、今回それがわかることになる。 原図:名古屋大学大学院理学研究科 *クリックすると大きくなります。さらにマウスをおしながら自由に動かせます。 |
2001年、胚のうの中にある助細胞から、花粉管をおびき寄せる物質が出ていることをつきとめた
植物の胚
のうの中には、助細胞
(じょさいぼう)とよばれるものがあります。研究チームは、助細胞
から花粉管
をおびき寄せる物質が出ていることをつきとめました(図3)。2001年のことでした。しかし、その物質が何であるかはわかっていませんでした。
花粉管をおびき寄せる物質が何かをつきとめたい
研究チームは、次に、花粉管 をおびき寄せる物質が何かをつきとめる研究を進めました。まず、トレニアの胚 のうから、助細胞 だけを25個取り出し、その中でよくはたらいているたんぱく質を調べると、16種類あることがわかりました。その中でも、最も強くはたらく2種類のたんぱく質が花粉管 をおびき寄せる物質ではないかと見当をつけました。この2種類のたんぱく質が、本当に花粉管 をおびき寄せる物質であることを証明するには、1.この物質が花粉管 をおびき寄せるはたらきがあること、2.この物質がないと花粉管 をおびき寄せられなくなることを確かめる必要があります。それを確かめるために、次の実験1、2を行いました。
実験1:胚のうの助細胞から出る2種類のたんぱく質は、花粉管をおびき寄せるか
実験の手順
◆1.ゼラチンの粒に、2種類のたんぱく質を混ぜて固める。
◆2.1の粒を、花粉管
の前に置く。(図4)
実験1の結果:2種類のたんぱく質は、花粉管をおびき寄せた
実験1の結果、花粉管 は、ゼラチンの粒の方におびき寄せられました(図5)。2種類のたんぱく質に、花粉管 をおびき寄せるはたらきがあることがわかったのです。
実験2:胚のうにある助細胞から出る2種類のたんぱく質がないと、花粉管をおびき寄せることができないか
実験の手順
◆1.トレニアの胚
しゅを2個(同じもの、それぞれA、Bとする)用意する。
◆2.胚
のうにある助細胞
から出る2種類のたんぱく質のはたらきをおさえるモルフォリノアンチセンスオリゴという物質を用意する。
◆3.胚
しゅA:レーザーマイクロインジェクターという装置で、モルフォリノアンチセンスオリゴを入れる。
胚
しゅB:そのまま(モルフォリノアンチセンスオリゴを入れない)。
◆4.胚
しゅA、胚
しゅBが、花粉管
をおびき寄せるかどうかを調べる。(図6)
| 写真4:研究チームが開発した、レーザーマイクロインジェクター。植物の細胞の中に、物質を入れることができる。 写真提供:名古屋大学大学院理学研究科、ネッパジーン株式会社 *クリックすると大きくなります。さらにマウスをおしながら自由に動かせます。 |
※ レーザーマイクロインジェクターは、東山先生たちが開発した新しい装置。この装置がなければ、実験2はできなかった(写真4)。
| 図7:実験2の結果(写真5と同じ内容)。A:モルフォリノアンチセンスオリゴを入れた胚しゅ(2種類のたんぱく質がはたらかない) B:入れない胚しゅ(2種類のたんぱく質がはたらく)。右だけが2種類のたんぱく質がはたらいているので、花粉管が胚しゅに向かっておびき寄せられた。 *クリックすると大きくなります。さらにマウスをおしながら自由に動かせます。 |
実験2の結果:2種類のたんぱく質がはたらかないと、花粉管はおびき寄せられなかった
◆胚
しゅA:花粉管
をおびき寄せなかった(2種類のたんぱく質がはたらかなかった)。
◆胚
しゅB:花粉管
をおびき寄せた(2種類のたんぱく質がはたらいた)。
2種類のたんぱく質がはたらかないと、花粉管
をおびき寄せられないことがわかった(図7)(写真5)。
| 写真5:実験2の結果(図7と同じ内容)。左:モルフォリノアンチセンスオリゴを入れた胚しゅ(2種類のたんぱく質がはたらかない) 右:入れない胚しゅ(2種類のたんぱく質がはたらく)。右だけが2種類のたんぱく質がはたらいているので、花粉管が*の部分に向かっておびき寄せられている。 写真提供:名古屋大学大学院理学研究科(撮影:筒井大貴〈東山研究室〉) *クリックすると大きくなります。さらにマウスをおしながら自由に動かせます。 |
※なお、モルフォリノアンチセンスオリゴを少し変化させ、2種類のたんぱく質のはたらきをおさえられなくすると、花粉管
はおびき寄せられることも確認しました(モルフォリノアンチセンスオリゴを入れたことが、胚
しゅの花粉管
をおびき寄せるはたらきを失わせた可能性を消すため)。
研究が進めば、新しい植物をつくり出せるかもしれない
以上の実験1・2から、2種類のたんぱく質が、花粉管
をおびき寄せる物質であることがわかりました。140年もの間、なぞとされてきた物質が初めて明らかになったのです。この2種類のたんぱく質は、ルアー1、ルアー2と名づけられました。魚つりをするときに、魚をおびき寄せるために使われるルアーのようなはたらきをするからです。
東山先生は、「今回、2つの花粉管
をおびき寄せる物質ルアー1、ルアー2について明らかになりましたが。同じようなはたらきをもつ物質はほかにもあるかもしれません。さらに研究を進めたいと思っています。また、花粉管
側が、このような物質をどう受けているのかについても研究していきたいと思います。将来、ルアーのようなはたらきをもつ物質を使って、性質のちがう植物を受精
させ、両方の役に立つ性質をもった植物をつくることができるようになるかもしれません」と言います。
東山先生からみなさんへのメッセージ
「さまざまな工夫をして、必要な装置をつくったり、実験の方法を考えたりすることが、今回の発見につながりました。新しいことを見つけたときの喜びは格別です。みなさんも、どんな分野のことでもよいので、工夫してチャレンジしてみてください」(写真6)
花粉管 (おす)が、迷うことなく胚 のう(めす)にたどり着くしくみがあるとは、自然の見事さに、おどろかされますね。



