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「行ってきます」と旅立った土井さん                     シャトル発射、歴史を刻む瞬間をレポート

2008年03月15日    中島 仁(Jean Nakashima)

国際宇宙ステーション への「きぼう」の建設という任務をになった日本人宇宙 飛行士土井隆雄さん(53)。スペースシャトル ・エンデバーに搭乗した土井さんの打ち上げの瞬間を、現地で見守った航空ジャーナリスト・写真家の中島 仁さんからのレポートが届きました。 

ⓒJean Nakashima, 2008
ⓒJean Nakashima, 2008

アメリカ合衆国南東部のフロリダ州、ケネディースペースセンター。世界にたった2つしかない人類を宇宙 へ送り出してきた場所。人類の勇気と冒険心に一番近い場所だ。1961年の「フリーダム・セブン」号から数えて153回目 の有人飛行に今晩旅立つのはスペースシャトル 「エンデバー」。目 指すのは400km上空で地球を周回する国際宇宙 ステーション。そこでは日本の作った宇宙 実験棟「きぼう」を組み立てる大切な仕事 が待っている。選ばれたのは7人の宇宙 飛行士、その中に土井さんがいた。 

11年前のスペースシャトル ミッションでは日本人で初めて船外活動を体験し、さまよえる人工衛星 を手づかみした。日本の有人宇宙 飛行の歴史がここから始まるという大舞台に立っても土井さんは自然体、いつも静かにほほ笑んでいる。6人のチームメイトも準備万端、そしてチームワークは抜群だ。そう、人間は一人じゃ宇宙 へ行けない。でも、宇宙 へ行くときは1つの町、1つの国の代表じゃなくて、みんな地球出身のホモ・サピエンス 代表になる。条件はたった2つ。「その先に何があるか知りたい」という好奇心と、「難しいから挑戦する」チャレンジャーになれるかどうか。 

©Jean Nakashima, 2008

宇宙 飛行士が報道陣に向かって手を振るおなじみのシーン。頼りないほど簡単な柵を隔てて僕たちは今日、歴史が作られる現場にいる。1つ1つのミッションが有人飛行の歴史を刻んでいるから、人類が21世紀の今、どうやって宇宙 を目 指していたか自分の目 で見、自分の言葉 で説明するのはとても大切なこと。そう、オレンジ色の宇宙 飛行士はこれから真空の宇宙 へ行くんだ。そんなとてつもない冒険を考えただけで頭がく らくらしそうなのに、土井さんはまるで隣町へ行くかのように「行ってきます」と落ち着いて手を挙げる。 

©Jean Nakashima, 2008

「頑張ってね、行ってらっしゃい!」。頭で考えてもいなかったのに思わず大声で叫ぶ。そう、僕たちは宇宙 飛行士が出発前に最後に言葉 を交わす一般人。地域や国境を飛び超え、人間が人間を心から応援する瞬間。お互いが優しい心を持ったホモ・サピエンス であることを直感で確認できる空間。普通の僕たちにできることはただ応援することだけ。それでも力 の限り応援する。 
「俺たちがついてるぜ!」 
きっとつながっているよ。エンデバーの打ち上げに心を込めて関わった人々のサインで真っ黒になった横断幕が静かにバスを見送っていた。 

ⓒJean Nakashima, 2008

3月 11日午前2時28分(米国東部時間)、スペースシャトル のロケットエンジンに火が入り、とてつもないパワーが闇夜をオレンジ色に焦がしながら、揺るがぬ情熱 とたゆまぬ努力 の船、総重量2000トンのエンデバーが出発する。
「Lift Off!」
オレンジ色は僕たちに勇気と希望をくれる特別な色。打ち上げを見にきた全ての人々の未来でさえ明るく照らすかのように輝きながら、時速28000kmというものすごい速度に向けて、まっしぐらに宇宙 へと旅立つ。不安は訓練で克服し、夢は情熱 と努力 で実現する。人類が宇宙 へ向かうこと、それは単にいろんな国出身の宇宙 飛行士が乗り合わせるだけじゃない。それは真の国際協力 。最先端の技術を惜しみなく投入し、未来へ継承することの可能な唯一の分野、だから宇宙 飛行士はカッコイイ、だからスペースシャトル はカッコイイ。土井さん頑張って!15日後にまた会おう!! 

©Jean Nakashima, 2008

プロフィール 
中島 仁(なかしま じん) 
1968年2月 生まれ。現在、米国で植物生理学関連の研究所でトップマネージャーとして勤務。一方、Jean Nakashimaの名前で航空ジャーナリスト・写真家としても活躍。活動は官民軍の枠にとらわれる事なく、セスナから熱 気球まで航空のほぼ全ての分野を網羅し、現場におもむいては生の声を聞く取材による作品を発表し続けている。 


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